研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第1話「シトクロムP450BM3によるガス状アルカンの水酸化とフッ素化デコイ分子」
P450の活性化のみをスタートさせるデコイ分子を反応系に添加するシステムをP450の中でも最大の活性を示すことで知られるP450BM3に適用した.P450BM3は,長鎖脂肪酸の末端を水酸化する酵素で,結晶構造解析から長鎖脂肪酸は,その末端がヘムの上方に配置されるように取り込まれる.
P450BM3に対するデコイ分子として,それ自体が酸化されない条件を満たすために,長鎖脂肪酸の末端を含めたすべての水素原子がフッ素原子に置換されたパーフルオロアルキルカルボン酸(PFC)を利用することを考えた.また,活性部位に酸化される基質が結合できる空間を確保するために,P450BM3が酸化の対象とする炭素数16のパルミチン酸よりも鎖長が短い一連のパーフルオロアルキルカルボン酸を添加して,ガス状飽和炭化水素の水酸化を検討した.野生型P450BM3は,通常,プロパンやブタンなどのガス状アルカンを水酸化することはできない。そこで,それ自体は酸化されないが基質結合部位に結合して,酸化活性種生成反応をスタートすることが可能な,不活性なダミー基質(デコイ分子)[6]をP450BM3に取り込ませ,プロパンやブタンなどの小分子アルカンを反応系に共存させることで,これらの水酸化反応を進行させる新しい反応系を考案した(スキーム2右).デコイ分子として長鎖脂肪酸のすべての水素原子がフッ素原子に置換されたパーフルオロアルキルカルボン酸を利用することを考えた.C-F結合の結合エネルギーは,116kcal/molでC-H結合エネルギー(95-99kcal/mol)よりも大きく,P450BM3はC-F結合を水酸化することができない.さらに,活性部位に酸化される基質が結合できる空間を確保するために,長鎖脂肪酸よりも鎖長が短い一連のパーフルオロアルキルカルボン酸(炭素数8-14)を添加して,ガス状飽和炭化水素の水酸化を検討した.パーフルオロアルキルカルボン酸をデコイ分子として添加すると,野生型P450BM3でも,プロパンやブタンを水酸化できることを明らかとした.また,アルカンの分子サイズに依存して,最大活性を与えるパーフルオロアルキルカルボン酸のアルキル鎖長が変化し,プロパンの水酸化では炭素数10(PFC10),ブタンとシクロヘキサンでは炭素数9(PFC9)のパーフルオロカルボン酸を添加したときに最大の活性を示し,プロパンのような小さなアルカン分子の場合には鎖長の長いデコイ分子,シクロヘキサンのような比較的大きなアルカンの場合には鎖長の短いデコイ分子が効果的に機能することを見出した.反応活性にパーフルオロカルボン酸の鎖長依存性がみられることは,デコイ分子によりP450BM3の反応空間を制御できることを示している.