研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第17話「微生物生合成分子をデコイとして利用可能なP450BM3変異体への指向性進化とデコイ分子自己供給型反応系の開発」
我々はこれまでにデコイ分子を用いたP450BM3の基質誤認識システムにより、ベンゼンなどの非天然基質の高効率な水酸化を達成し、さらにP450BM3を過剰発現させた大腸菌を反応容器とする菌体反応系の開発にも成功している。この反応系ではP450BM3の反応に必要な補酵素NADPHは大腸菌内で再生されるため、外部からベンゼン等の非天然基質とデコイ分子を添加するだけで、容易にベンゼン水酸化を行う事が出来る。しかし、使用するデコイ分子はあらかじめ化学合成を必要とし、化石燃料由来の有機溶媒の使用は避けられない。より環境負荷の低い化学物質変換法を目指し、我々はある種の微生物が自身の菌体密度を感知するために外部に放出するクオラムセンシング分子の一種であるアシルホモセリンラクトンに着目した。アシルホモセリンラクトンの構造は、これまで我々が開発したフッ素含まない第3世代デコイ分子の一種であるアシルアミノ酸(CnPheなど)に類似している。そこで、大腸菌自身にアシルホモセリンラクトン合成酵素を導入し、デコイ分子を細胞内で生産し、外部からの化学合成デコイ分子の添加を必要としない自己供給型反応系の開発を目指した。
しかし、アシルホモセリンラクトンはP450BM3のデコイ分子に必須とされているカルボキシ基を有さず、野生型のP450BM3にはデコイ分子として認識されず、ベンゼン水酸化を進行することが出来なかった。そこで、酵素の機能改変として、現在、最も汎用的で、成功を収めている手法である指向性進化法に利用した。この手法では対象の酵素を構成するアミノ酸を別の物に置換する変異導入を行った変異体を多数含むライブラリーを作り、その中から目的の非天然基質の変換効率が高い変異体を探索する。得られた変異体を次の親として、変異導入を行い、徐々に目的の反応に適した酵素変異体に進化させる手法で、2018年ノーベル化学賞の対象となった技術である。我々は指向性進化法を基質に適応させるのではなく、アシルホモセリンラクトンをデコイ分子として応答可能なP450BM3変異体へと進化させるために使用した。5世代の進化を経て、8箇所の変異が入ったV-19A14変異体は、アシルホモセリンラクトンをデコイ分子として強く認識し、菌体反応において最大41%のベンゼン水酸化変換率を記録した。
さらにPectobacterium carotovorum由来のアシルホモセリンラクトン合成酵素ExpIの遺伝子をプラスミドに載せて、大腸菌に導入し、P450BM3 V-19A14変異体とExpIが発現する大腸菌を作成した。この大腸菌は細胞内のExpIによりアシルホモセリンラクトンが生合成され、それをデコイ分子としてP450BM3 V-19A14が利用することで、外部からのデコイ分子の添加なしで、ベンゼンからフェノールへの変換が可能であり、デコイ分子自己供給型反応系として、低環境負荷化学変換への応用が期待される。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- Y. Yokoyama, S. Ariyasu, M. Karasawa, C. Kasai, Y. Aiba, H. Sugimoto, O. Shoji, "Bacterial acyl homoserine lactones triggered non-native substrate hydroxylation catalysed by directed-evolution-derived cytochrome P450BM3 mutants" , ChemCatChem, 16, (2024) e202401641
https://doi.org/10.1002/cctc.202401641