研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第4話「デコイ分子による水酸化における立体選択性の制御」
医薬品を始めとして、多くの機能性分子は不斉炭素を有するキラルな化合物であり、立体異性体のうち、片方にのみ生理活性がある場合が多い。そのため、有機合成化学においては、立体選択的な化学変換法が盛んに研究されている。酵素はもともとキラルなアミノ酸から構成されており、その反応場はキラル環境である。そのため、立体選択的な化学変換に適しているが、通常、片方の立体異性体しか作ることが出来ない。
ここまで我々は、デコイ分子を用いて酵素が反応可能な基質を変換する、「基質特異性」の制御を達成してきたが、酵素の持つ「立体選択性」も制御できるのではないかと考えた。デコイ分子は非天然基質と共にP450BM3に取り込まれて、触媒サイクルを開始するだけでなく、P450BM3の基質ポケットをデコイ分子が部分的に占有することで、非天然基質に適した反応空間を再構築する役割を持っている。つまり、デコイ分子によって、反応空間を自由自在に変化させることが可能であり、基質ポケット内での非天然基質の向きも制御することが出来るのではないかと期待した。そこで、水酸化によって不斉炭素が発生するエチルベンゼン、インダン、テトラリンを基質として、様々なデコイ分子の存在下、P450BM3で水酸化を行うと、予想通り、デコイ分子によって、2つの立体異性体(R体とS体)の比率が変化した。特にインダンでは5CHVA-Pheという第3世代デコイでR体選択的に、同じく第3世代のZ-Pro-PheではS体選択的に水酸化が進行し、同じ酵素でありながら、デコイ分子を使い分けることで立体異性体の作り分けに成功した。それぞれのデコイ分子とP450BM3の共結晶構造を解析したところ、デコイ分子によってP450BM3の基質ポケットの形状が異なり、コンピューター上でドッキングシミュレーションによりインダンの配向を予測すると、2つの構造でインダンの向きが異なり、実験結果とよく一致した。
詳しくはこちらの論文をご参照下さい。
- K. Suzuki, J. K. Stanfield, O. Shoji, S. Yanagisawa, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe , " Control of Stereoselectivity of Benzylic Hydroxylation Catalysed by Wild-type Cytochrome P450BM3 Using Decoy Molecules", Catal. Sci. Technol., 7, 3332-3338 (2017).
http://dx.doi.org/10.1039/C7CY01130J