研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第7話「高圧反応装置の開発と気体分子の高効率水酸化」
第2世代デコイ分子の開発によって、プロパンの水酸化効率は毎分200回転まで向上したが、天然基質の長鎖脂肪酸の水酸化の反応速度には遠く及ばなかった。また、電子源であるNADPHの消費量の半分以下しか水酸化生成物が得られていなかった。さらに、プロパンよりも反応性の低いエタンでは、ほとんど水酸化生成物は得られなかった。この原因として、プロパン、エタンは分子サイズが非常に小さく、P450BM3との結合力が極めて弱いことが予想された。結合力が弱い基質の場合、反応溶液中の基質濃度を高める事が反応加速の常套手段である。しかし、プロパンやエタンなどの気体分子は、通常の液体、固体基質と異なり、温度を高くすると、溶液への溶解度が低下してしまう。気体分子の溶解度を高めるためには、気体を加圧することが有効な手段であるが、安全確保の観点から、通常10気圧ほどの加圧が限度で、それ以上の高圧条件を実現するには大掛かりな装置が必要であった。
そこで酵素反応に適し、安全、簡便に高圧条件を作り出すことが出来る高圧反応装置の開発に着手した。母体としたのはタンパク質などの生体分子の分析、精製に一般的に用いられている高速液体クロマトグラフィ(HPLC)である。HPLCはカラムと呼ばれる充填剤が詰まった筒に液体を精密に送液することができる装置で、高圧の液体に耐える構造を持っている。そこでHPLC の耐圧性に着目し、高圧反応装置への転用した(特許公開2019-69404)。動作原理は単純で、栓をした反応管に気体分子を封入し、上流からHPLCのポンプで送液をすることで 液体がピストンのような役割を果たし、反応管中の気体を圧縮し、最高 100 気圧の高圧条件を反応管中に作り上げることが出来る。本装置を用いて、50気圧のエタンとプロパンの水酸化を行ったところ、エタンでは毎分28回転、プロパンでは毎分2200回転を超える驚異の反応速度を示した。特にプロパン水酸化の反応速度は2018 年ノーベル化学賞を受賞した Prof. F. H. Arnold が進化分子工学の手法を何サイクルも経て開発した高度に進化したシトクロムP450BM3変異体を上回る反応速度であり、気体分子の効率的な化学変換に高圧反応装置が極めて有効な手段であると期待される。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- S. Ariyasu, Y. Kodama(equal contribution), C. Kasai, Z. Cong, J. K. Stanfield, Y. Aiba, Y. Watanabe, O. Shoji"Development of a High-Pressure Reactor Based on Liquid-Flow Pressurisation to Facilitate Enzymatic Hydroxylation of Gaseous Alkanes" , ChemCatChem, 11,4709-4714(2019).
https://doi.org/10.1002/cctc.201901323