研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第9話「多段階スクリーニングによるデコイ分子の化学進化」
P450の水酸化活性を向上させるには、目的の基質に最適な基質ポケットを構築するのが有効であり、これまで、P450を構成するアミノ酸を別のものに置換する「変異導入」が広く用いられてきた。変異導入は非常に有効な手段で、2018年ノーベル化学賞を受賞したProf. Arnoldらは、P450BM3に何回も変異導入を繰り返すこと(指向性進化)で、P450BM3の活性中心付近の空間を最適化し、野生型のP450BM3では水酸化が出来ないようなプロパンの水酸化に成功している。一方、我々は変異導入を行っていない野生型P450BM3にデコイ分子を添加することでP450BM3とデコイ分子が作り上げる空間によって、プロパンなどの非天然基質の水酸化を達成している。変異導入とデコイ分子は異なるアプローチだが、活性中心であるヘム周辺の反応空間を再設計する点では共通している。そこで我々は指向性進化でP450変異体を進化させるのと同じように、デコイ分子も化学的に進化出来るのではないかと考えた。これまでデコイ分子の設計はP450BM3と既存デコイ分子の共結晶構造を基に設計してきたため、第1世代から第3世代のデコイ分子の構造多様性はかなり限定されていた。そこで既存デコイ分子の構造に捕らわれずに、広い範囲の分子構造を探索する必要があったが、第3世代デコイ分子の開発の成功により、デコイ分子となりうる構造は膨大な数であり、効率の良い探索手段が必要であった。
そこで我々は第3世代デコイ分子の中でもベンゼン水酸化において特に活性の高かったN置換ジペプチド型のデコイ分子(Z-Pro-Phe やC7-Pro-Pheなど)を基本構造として選択した。このN置換ジペプチド型デコイ分子は2つのアミノ酸とN置換基の3つのパーツに分ける事が出来、ペプチド固相合成とコンビナトリアル合成法により、効率的に多様な部分構造の組み合わせを調製することが可能である。また、ベンゼン水酸化により生じるフェノールは市販の呈色試薬でカラーアッセイが可能であり、96穴マイクロプレートによる多検体同時分析が可能である。我々は、N置換ジペプチド型デコイ分子の各パーツごとにデコイ分子として有用なパーツを探索し、最後に選抜した有用パーツの組み合わせの中から最適なデコイ分子構造を見つけ出す6段階の化学進化法を考案した。我々はこの手法を用いN置換基164種類×アミノ酸26種類×アミノ酸23種類の98072分子の探索範囲をわずかに613分子の評価でベンゼンの水酸化が既存のデコイ分子よりも1.5倍となる優れたデコイ分子の開発に成功した。興味深い事に、ベンゼン水酸化を指標にして選別したデコイ分子であったが、選抜上位のデコイ分子は一置換ベンゼンを始め、シクロヘキサン、プロパン、エタンといったサイズの異なる非天然基質の水酸化にも非常に有効で、50気圧のエタン水酸化において毎分83回転と驚異的な水酸化効率を示した。デコイ分子と水酸化活性の間の構造-活性相関は未だに未解明な点が残るが、本手法を用いれば、目的の反応に最適なデコイ分子を効率良く探索することが可能である。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- K. Yonemura, S. Ariyasu, J. K. Stanfield, K. Suzuki, H. Onoda, C. Kasai, H. Sugimoto, Y. Aiba, Y. Watanabe, O. Shoji "Systematic Evolution of Decoy Molecules for the Highly Efficient Hydroxylation of Benzene and Small Alkanes Catalyzed by Wild-Type Cytochrome P450BM3" , ACS Catal., 10, (2020) 9136-9144
https://doi.org/10.1021/acscatal.0c01951