研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第10話「デコイ分子と変異導入の併用による非天然反応の立体選択性制御」
P450BM3は長鎖脂肪酸を水酸化する酵素であり、これまでデコイ分子を用いたP450BM3の機能変換では基質特異性変換や立体選択性制御などを達成しているが、天然反応と同じ水酸化であった。一方で近年、P450やミオグロビンなどのヘムタンパク質の変異体を用いて、シクロプロパン化などの非天然反応を触媒させる研究が多く報告されている。シクロプロパン化にはジアゾ酢酸エチル(EDA)をヘムに作用させて、ヘム-カルベン中間体を経由してアルケンに炭素原子を挿入する。シクロプロパン構造は最小の環構造で強く歪んでいるユニークな構造を有しており、合成化学の重要なターゲットとなっているが、シクロプロパン化の際に2カ所の不斉炭素が生じるため、立体選択的なシクロプロパン化触媒が求められていた。この要請に対し、多くの研究者は指向性進化などで多数の変異導入をヘムタンパク質に施し、目的の立体選択性発現を目指している。一方、我々はこれまで変異導入とは別にデコイ分子によってP450BM3の基質ポケットを部分的に占有することで水酸化における触媒特性の変化に成功してきた。我々はデコイ分子による人工的な基質ポケット形状の構築がシクロプロパン化においても有効だと推測した。
そこでシクロプロパン化によって4つの立体異性体を生じるスチレンを基質にして、P450BM3のT268A変異体で反応を行ったところ、デコイ分子非存在下では、(1S, 2S)体が主生成物として得られた一方で、デコイ分子存在下では反応はほとんど進行しなかった。これはデコイ分子によってシクロプロパン化に必要な反応スペースが埋まってしまったと推測された。そこで、基質ポケット内で大きく貼り出しているフェニルアラニン(Phe, F)をより小さなアラニン(Ala, A)に置換したF87A/T268A二重変異体を作成して、同様の反応を行ったところ、デコイ分子存在下でも反応を阻害しないだけでなく、(1S, 2R)体が高選択的に得られた。この成果はデコイ分子と変異導入の併用によって、さらに精密に反応空間を制御出来る可能性を示しただけでなく、デコイ分子システムがシクロプロパン化反応などの非天然反応にも有効であるという汎用性の高さを示した成果となった。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- K. Suzuki, Y. Shisaka, J. K. Stanfield, Y. Watanabe, O. Shoji "Enhanced cis- and enantioselective cyclopropanation of styrene catalysed by cytochrome P450BM3 using decoy molecules" , Chem. Commun., 56, (2020) 11026-11029.
https://doi.org/ 10.1039/d0cc04883f