研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第11話「外膜タンパク質のデザインによる大腸菌菌体内反応におけるデコイ分子適用範囲の拡大」
我々は以前に、大腸菌の中に過剰発現させたP450BM3に対して、デコイ分子を外部から添加し、ベンゼンからフェノールへ直接変換させることに成功した。この手法は従来の精製したP450BM3を利用する反応系と比較して、酵素の発現、精製作業を必要としない点が利点である。また、反応の進行の際に化学量論量を必要とする補酵素NADPHが、大腸菌内の代謝系によって再生されるため、外部添加を必要としないなど多くの利点を持つ優れた反応系であった。しかし、外部添加されるデコイ分子は大腸菌内の外膜、内膜を透過して、細胞質のP450BM3に到達する必要があり、適用可能なデコイ分子がC7-Pro-Pheなど双性イオン性の分子などに限られていた。しかし、これまで開発してきた精製酵素に有効なデコイ分子のほとんどが双性イオン性を持たず、大腸菌内反応には有効ではなかった。
そこでC7-Pro-Pheの外膜通過に関与しているタンパク質を特定するために、外膜タンパク質OmpCとOmpFに着目した。これらのタンパク質はバレル状の構造を有しており、抗菌剤を始めとして、親水性の小分子を非選択的に通過させる外膜タンパク質である。OmpCとOmpFの転写制御を担うOmpRをノックアウトし、OmpC、OmpFの両方が発現しない大腸菌を用意し、これに対して、OmpC、OmpFをそれぞれコードしたプラスミドを形質転換させて、OmpC、OmpF単独で発現している大腸菌を調製した。これらの大腸菌に対してC7-Pro-Pheを添加してベンゼン水酸化を行ったところ、OmpF発現大腸菌の方がOmpC発現大腸菌よりもベンゼン水酸化効率が高く、C7-Pro-Pheの取り込みはOmpFの方が支配的であると特定した。さらにOmpFの結晶構造を基に、バレル内部の空間を狭くしているループ部分を取り除いた変異体OmpFΔ108-130を設計し、大腸菌に発現させたところ、これまで大腸菌に取り込まれにくかった多くのデコイ分子でベンゼン水酸化効率が向上した。また、このOmpFΔ108-130はデコイ分子だけでなくベンゼンなどの基質の取り込みも促進し、大腸菌内反応の効率を大きく向上させることが可能であった。特にP450BM3の精製酵素におけるベンゼン水酸化で優れた活性を示したC7AM-Pip-Pheは通常の大腸菌ではフェノール収率が5.7%であり、大腸菌への取り込み効率が問題となっていたが、OmpFΔ108-130発現大腸菌ではフェノール収率が70%まで向上した。また、OmpFΔ108-130発現大腸菌はベンゼン水酸化以外の非天然基質の水酸化にも有効で、精製酵素での水酸化と類似の選択性を維持しながら、菌体反応を行えるようになった。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- M. Karasawa, K. Yonemura, J. K. Stanfield, K. Suzuki, O. Shoji "Designer Outer Membrane Protein Facilitates Uptake of Decoy Molecules into a Cytochrome P450BM3-Based Whole-Cell Biocatalyst (English ver.)" "Ein Designeraußenmembranprotein fördert die Aufnahme von Täuschmolekülen in einen auf Zytochrom P450BM3 beruhenden Ganzzellbiokatalysator (German ver.)" , Angew. Chem. Int. Ed., 61, (2022) e202111612. Angew. Chem., 134, (2022) e202111612.
https://doi.org/10.1002/anie.202111612
https://doi.org/10.1002/ange.202111612