研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変
第16話「長鎖脂肪酸末端水酸化酵素CYP153Aの基質誤認識によるプロパンの末端選択的水酸化」
我々はこれまでに巨大菌由来の長鎖脂肪酸水酸化酵素P450BM3にデコイ分子を添加して、非天然基質であるプロパンの直接水酸化に成功している。プロパンの水酸化においては、末端の1級炭素で水酸化された1-プロパノールと、中央の2級炭素で水酸化された2-プロパノールが生成する可能性があるが、P450BM3の基質誤認識システムでは、約95%の選択性で2-プロパノールが生成する。この選択性は多数開発されたいずれのデコイ分子でもほとんど変わらず、また、タンパク質構造の変化を期待した高圧反応条件においても、水酸化効率の向上は見られたが、選択性はほとんど変化しなかった。これはP450によるC-H結合の水酸化においては、C-H結合の解離が律速段階と言われており、C-H結合の安定性が反応選択性に強く影響することと関係している。プロパンの場合は中央の2級炭素のC-H結合の方が反応性が高い。また、P450BM3のヘム周辺は比較的広い空間を有しており、長鎖脂肪酸の水酸化においても、反応性の低い末端の水酸化は進行せず、内部の2級炭素への水酸化が優先的にするのを反映し、デコイ分子により、部分的に反応空間を占有しても、プロパンの配向を完全に固定する事は容易ではない。そのため、P450BM3では2-プロパノールが優先的に得られ、プロパンの末端選択的水酸化による1-プロパノールの生成は困難であると考えられる。
そこで我々はP450BM3ではプロパンの末端選択的水酸化は困難であると考え、末端選択的水酸化に適した別のP450を用いる事を計画した。着目したのは自然界で長鎖脂肪酸の末端を選択的に水酸化しているCYP153である。この酵素群はP450BM3と比較して、基質ポケットが細長いトンネルのような構造を有しており、長鎖脂肪酸の末端のみがヘムに近接することが出来る。これにより、反応性の高い内部の2級炭素への水酸化を防ぎ、末端の1級炭素を高選択的に水酸化することを可能にしている。我々はCYP153が有している特徴的なトンネル状のポケットを有効活用し、デコイ分子を用いた基質誤認識システムを適用すればプロパンの末端選択的水酸化が可能になると推測した。そこでCYP153サブファミリーの中からCYP153A33を選択し、大腸菌による発現を行った。CYP153はP450BM3などの還元酵素を分子内に有する自己完結型P450ではないため、還元パートナーとなる2つの還元酵素を必要とする。CYP153と2つの還元酵素を含む溶液に対し、これまでP450BM3用に開発してきたデコイ分子を加えて、プロパン水酸化反応を行ったところ、期待通りに約80%の選択性で末端水酸化生成物である1-プロパノールが生成し、使用する酵素をP450BM3とCYP153A33で使い分けるだけで、2-プロパノールと1-プロパノールを作り分けることが可能になった。この結果はデコイ分子を用いた基質誤認識システムがP450BM3を含むCYP102サブファミリー以外のP450にも有効であることだけでなく、それぞれのP450の基質ポケットの構造を活かすことで、様々な化学物質を作り分ける事が期待出来る成果である。
詳細はこちらの論文をご参照下さい。
- Y. Kodama, S. Ariyasu, M. Karasawa, Y. Aiba, O. Shoji, "Highly Selective Hydroxylation of Gaseous Alkanes at the Terminal Position by Wild-type CYP153A33" , Catal. Sci. Technol., 13, (2023) 6146-6152
https://doi.org/10.1039/D3CY00752A
第2章 第17話: 微生物生合成分子をデコイとして利用可能なP450BM3変異体への指向性進化とデコイ分子自己供給型反応系の開発