研究紹介
ペプチド核酸(PNA)による遺伝子制御
生体内で機能を司るタンパク質は全てDNA情報によって暗号化されている。細胞内ではDNAの必要部分のみがコピー(転写)されてmRNAとなり、それを基にタンパク質が合成(翻訳)されている。多くの病気がタンパク質の過剰発現、または発現量不足など、タンパク質に起因しているため、タンパク質を治療標的とした薬剤開発が進んできたが、近年、ヒトゲノムの解読を契機にDNAやRNAをターゲットとする核酸医薬の研究が進展してきた。
DNAやRNAはアデニン(A)、チミン(T)(RNAの場合はウラシル(U))、シトシン(C)、グアニン(G)の4つの核酸塩基を持つ生体高分子で、水素結合により、A-T、G-Cペアになることが出来るため、ペアになる核酸塩基を持つ相補鎖と二本鎖を形成する特徴を有している。核酸医薬ではDNA、RNAが有する塩基配列情報を基に、特定の箇所に相補的な塩基配列を持つ人工核酸を加え、二本鎖形成をさせることで、病気に関連しているタンパク質の発現を制御し、治療を目指すものである。核酸医薬に用いるために、人工核酸には生体内での安定性の他、標的塩基配列との強い結合、標的配列以外の部分へ結合しない能力(ミスマッチ認識能)など、多くの性質が求められる。より良い人工核酸を求め、世界中で多くの研究者が様々な人工核酸を開発している。
研究室ではその中でもペプチド核酸(Peptide Nucleic Acid, PNA)に注目して研究を進めている。PNAはアミド結合を骨格とする人工核酸で、リン酸エステル骨格を有するDNAが負電荷を帯びているのに対し、PNAは電荷を帯びていない。通常、DNA-DNA二本鎖形成では、二本鎖間の負電荷同士の反発が生じるが、PNAの場合は電荷を持たないため、静電反発を受けることなく、標的のDNAと非常に安定な二本鎖を形成する事が出来る。さらに、PNAには他の人工核酸にはない特徴的なDNA結合様式「インベージョン」を行う能力を有している。通常、生体内ではDNAは安定な二重らせん構造を形成しており、一般的な人工核酸では標的のDNAと二本鎖形成する際に、一度、天然のDNAを変性操作で一本鎖にする必要がある。DNAの二重らせんをほどくには高温条件などを必要とし、生体への応用の障害となる。一方、PNAはDNAの二重らせん構造そのものに侵入(invasion)するように結合し、インベージョン複合体を形成することが出来るため、核酸医薬など生体内での応用が期待出来る。
このようにPNAには魅力的な特徴があるが、生体内での応用にはいくつかの課題がある。その1つに、「生体内環境でのインベージョン効率が低い」という点である。生体内環境では非常に塩濃度が高く、電荷の反発が抑えられる。そのため、DNA-DNA二本鎖がより強固になり、PNAによるインベージョンの効率が低くなってしまう問題があった。この問題を解決するために、我々はDNAと相互作用をすることが知られているルテニウム錯体(Ru(phen)3)をPNAに連結し、DNA-PNA相互作用の強化を行った。興味深いことに、ルテニウム錯体のPNAへの導入位置、リンカーの長さによって、インベージョン効率が変化し、最適な分子設計では、期待通りに高塩濃度の生体内環境においても標的DNA二重らせんの目的配列に侵入し、安定なインベージョン複合体を形成した。標的DNAとの結合力を増強すると、目的配列以外への望まぬ結合が起こる確率が高まってしまうことが多いが、我々が設計したルテニウム錯体連結PNAは1塩基のミスマッチも認識して、全くインベージョン複合体を形成しなかった。
詳しくはこちらの論文をご参照下さい。
- M. Hibino, Y. Aiba, Y. Watanabe, O. Shoji "Peptide Nucleic Acid Conjugated with Ru‐complex Stabilizing Double‐Duplex Invasion Complex Even under Physiological Conditions" , ChemBioChem, 19, 1601-1604(2018).
https://doi.org/10.1002/cbic.201800256
Ru錯体導入によるPNA-DNA相互作用の強化とは別に、PNA-PNA相互作用を弱めることで、DNAへのPNAのインベージョン効率を向上させる試みも行っている。上述の通り、PNAはDNA-DNA間の負電荷による静電反発が発生しないため、DNA-DNAよりもPNA-DNAの方が強く相互作用可能であるが、PNA-PNA間の相互作用の方がさらに強力であり、PNAのDNAへのインベージョンの妨げとなる。そこで天然の核酸塩基の1つグアニン(G)に1ステップの反応でメチル化したカチオン性グアニン(G+)を開発した。相補的な2本のPNAの両方にG+を導入すると、PNA-PNA間ではG+による静電反発による不安定化が生じる一方で、DNAとのインベージョン時にはDNAの負電荷とPNAのG+が静電的に引き合うことでPNA-DNA相互作用も強化することに成功し、methyl-adducted self-avoiding PNA (masaPNA)と名付けた(by 日比野柾博士 (2019年度博士卒))。
詳しくはこちらの論文をご参照下さい。
- M. Hibino, Y. Aiba, O. Shoji "Cationic Guanine: Positively Charged Nucleobase with Improved DNA Affinity Inhibits Self-Duplex Formation" , Chem. Commun., 46, 2546-2549(2020).
https://doi.org/10.1039/D0CC00169D
また、静電相互作用によるインベージョン複合体の安定化のより簡易的な手法として、PNAに核局在シグナルペプチド(nuclear localization signal, NLS)を連結したPNAを詳細に検討した。NLSはLysやArgなどのカチオン性のアミノ酸で構成された短鎖ペプチドであり、ペプチド結合によって容易にPNAと連結可能である。NLS連結PNAはNLSの正電荷とDNAの負電荷の間の静電相互作用によって、PNAのインベージョン複合体の安定化が可能であった。また興味深いことに、ポリリシンの様な単純なカチオン性アミノ酸の繰り返し配列を導入したPNAではDNAへの非特異的な結合も強化されてしまうのに対し、NLS連結PNAは配列特異性を維持しながら、安定なinvasion複合体の形成が可能であり、生物進化の過程で選抜されてきたNLSがDNAとの相互作用に適した構造、物性を有している可能性がある。
詳しくはこちらの論文をご参照下さい。
- Y. Aiba, G. Urbina, M. Shibata, O. Shoji "Investigation of the Characteristics of NLS-PNA: Influence of NLS Location on Invasion Efficiency" , Appl. Sci., 10, (2020) 8663.
https://doi.org/10.3390/app10238663
現在、ルテニウム錯体連結PNAの更なる機能向上の他に、別の手法でのPNA性能向上や、RNA干渉に関連するタンパク質Argonauteの利用も研究し、核酸医薬への応用を目指して研究を進めている。