研究紹介
ヘム獲得タンパク質HasAを用いた人工金属タンパク質
緑膿菌は身の回りに広く分布する常在菌で、通常は病原性を示さないが、免疫力の低下した人にのみ病原性を示す日和見感染菌に分類される。緑膿菌は多くの病原因子を生産して、肺炎、敗血症などを引き起こすため、特に院内感染などで問題となる。また、最近では、抗生物質(抗菌剤)の不適切な使用などにより、複数の抗生物質に対して耐性を持った多剤耐性緑膿菌の出現が問題視されている。緑膿菌の薬剤耐性能の獲得スピードは速く、新しい抗菌剤が開発されても、すぐに耐性を獲得してしまうため、抗菌剤を用いた治療が難しいという大きな問題がある。そのため、世界中で抗菌剤とは異なるメカニズムでの殺菌方法が強く求められている。
緑膿菌は我々人間と同様に生育のために鉄が必須である。そのため、外界から鉄を獲得する様々な機構を発達させている。その1つがヘム獲得機構(Has: heme acquisition system)と呼ばれるもので、この機構はヒトなどの宿主が持っているヘムタンパク質(例えばヘモグロビン)から鉄錯体であるヘムを奪い取って、緑膿菌が取り込み、鉄源として利用する機構で、通常、鉄源が不足した環境で使用される機構である。
ヘム獲得機構の最初の段階は、緑膿菌がapo-HasA(ヘムを持っていない状態)と呼ばれる小型タンパク質を外部に分泌するところから始まる。apo-HasAはヘムとの結合力が強く、宿主のヘムタンパク質からヘムを奪い取り、ヘムが結合した状態holo-HasAとなる。続いて、緑膿菌表面に存在するHasA専用の受容体HasRを用いて、ヘムを緑膿菌内部に送り込み、鉄源として利用する。このヘム獲得機構は緑膿菌が生育するために必要なシステムで、この機構をストップさせてしまうと、緑膿菌は必要な鉄源を確保できず、増殖が停止してしまう。
HasAはヘムに対する優れた結合力を有しているだけでなく、有機溶媒に対する耐性が高く、さらにヘム結合部が外部に露出しているユニークな特性を持っている。この特性を利用し、我々は天然のヘム以外の様々な合成金属錯体をapo-HasAに捕捉させることに成功した。HasAに捕捉可能な合成錯体はヘムのモデル錯体として幅広く研究されているポルフィリンだけでなく、ヘムよりも大きな平明構造を有するフタロシアニンなど、ヘムとは大きく構造の異なる合成錯体でもHasAと複合化できることを見出した。その中でも、鉄フタロシアニン(FePc)を結合させたHasA (FePc-HasA)は、天然に存在しない人工の合成金属錯体を結合していながら、タンパク質の構造は天然のヘムを結合したholo-HasAとほぼ一致し、holo-HasAと同様に緑膿菌の専用受容体HasRと結合可能である。興味深いことに、FePc-HasAを鉄制限下の緑膿菌に作用させると、緑膿菌の増殖抑制が観測された。これはFePcが天然のヘムよりも大きな構造を有しているため、FePc-HasAからHasRに送り込まれたFePcが途中で通過することが出来ず、緑膿菌のヘム獲得機構をブロックしていると推測している。
詳しくはこちらの論文をご参照ください。
- C. Shirataki, O. Shoji, M. Terada, S. Ozaki, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, "Inhibition of Heme Uptake in Pseudomonas aeruginosa by its Hemophore (HasAp) Bound to Synthetic Metal Complexes" , Angew. Chem. Int. Ed., 53, 2862–2866 (2014). The inside cover of the issue 11.
http://dx.doi.org/10.1002/anie.201307889
現在、フタロシアニン以外の錯体についてもHasAとの複合化に成功しており、その適用範囲が拡大している。その一例として、ヘムの構造を簡略化した5,15-ジフェニルポルフィリン(DPP)を骨格に様々なポルフィリン誘導体があげられる。DPPはポルフィリン骨格の中では比較的合成収率が高く、多くの誘導体が開発されている汎用性の高い金属錯体である。我々は様々な置換基を有するDPPを合成し、HasAとの複合化、結晶構造の解析、緑膿菌の増殖抑制に成功している。これらDPP誘導体とHasA複合体の結晶構造は、HasAをベースとした人工金属錯体を構築する設計指針となる重要な知見となっている。
詳しくはこちらの論文をご参照ください。
- H. Uehara, Y. Shisaka, T. Nishimura, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Miyake, H. Shinokubo, Y. Watanabe, O. Shoji, " Structures of the Heme Acquisition Protein HasA with Iron(III)-5,15-Diphenylporphyrin and Derivatives Thereof as an Artificial Prosthetic Group", Angew. Chem. Int. Ed., 56, 15279-15283 (2017).
http://dx.doi.org/10.1002/anie.201707212
最近では、さらにかさ高い構造を有し、ポルフィリン骨格と環構造が異なるテトラフェニルポルフィセンの鉄、コバルト錯体においても、HasAとの複合化に成功し、結晶構造解析、緑膿菌の増殖抑制も達成している。ポルフィセンのようなポルフィリンと構造、性質の異なる錯体の導入は、HasAを用いた人工金属タンパク質の応用に期待がもたれる。
詳しくはこちらの論文をご参照ください。
- E. Sakakibara, Y. Shisaka, H. Onoda, D. Koga, N. Xu, T. Ono, Y. Hisaeda, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, O. Shoji, "Highly malleable haem-binding site of the haemoprotein HasA permits stable accommodation of bulky tetraphenylporphycenes" , RSC Advances, 9,18697-18702(2019).
https://doi.org/10.1039/C9RA02872B
現在、HasAの更なる利用法として、緑膿菌の光殺菌への応用検討を進めている。上述のFePc-HasAでは、緑膿菌が持つ受容体HasRを封鎖することで、緑膿菌の鉄獲得を阻害し、増殖を抑制していたが、緑膿菌は増殖が出来ないだけで殺菌されたわけではない。最近、更なる治療効果を目指し、緑膿菌の鉄獲得系を乗っ取り、殺菌するシステムの開発に成功した。使用した金属錯体は、赤色光の吸収して、細胞毒性の高い一重項酸素を発生する機能を持つフタロシアニンのガリウム錯体(GaPc)である。GaPcをHasAと複合化し、緑膿菌に作用させると、FePc-HasAと同様にGaPcがHasAから緑膿菌上のHasRへと受け渡される。この状態で緑膿菌に赤色光を照射することで、緑膿菌内に一重項酸素を発生させ、その毒性で緑膿菌を死滅させることが出来る。効率も高く10分間の光照射で99.99%以上の緑膿菌を殺菌することが可能であった。さらにGaPc-HasAを用いた光殺菌手法で薬剤耐性を獲得した緑膿菌の殺菌にも成功した。また、緑膿菌の宿主となる我々人間は、HasRを持たないため、この光殺菌システムでダメージを受けることはない。それだけでなく、HasA-HasRのペアは緑膿菌以外の細菌も持っているが、混同しないように各細菌が固有のHasA-HasRペアを有している。つまり、緑膿菌のHasAを用いれば、緑膿菌以外の常在菌(健康維持に必要な善玉菌など)に影響を与えずに緑膿菌のみを特異的に殺菌することが可能であり、薬剤耐性を獲得した緑膿菌を副作用なく治療できる画期的な治療法として実用化へ向けて研究を進めている。
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- Y. Shisaka, Y. Iwai, S. Yamada, H. Uehara, T. Tosha, H. Sugimoto, Y. Shiro, J. K. Stanfield, K. Ogawa, Y. Watanabe, O. Shoji, "Hijacking the Heme Acquisition System of Pseudomonas aeruginosa for the Delivery of Phthalocyanine as an Antimicrobial" , ACS Chemical Biology, 14,1637-1642(2019).
https://doi.org/10.1021/acschembio.9b00373