研究紹介
シトクロムP450を利用するバイオ触媒の開発
シトクロムP450とデコイ分子
生物界に広範に存在するシトクロム P450 (P450)は,薬物代謝や解毒,ホルモンの生合成などに関連した不活性な有機基質を水酸化する強力なヘム(鉄ポルフィリン錯体)酵素群で,その有機合成反応への利用が期待されています.P450は、三角形プリズム型をしたタンパク質で中心に補欠分子族としてヘムをもち、不活性な有機基質の水酸化することができます。P450は、我々の肝臓に多く存在し、薬物の代謝、毒物の解毒、ホルモンの生合成に関連する酸化反応を行っています。たとえばCYP3A4は、テストステロンの水酸化反応を行うことができます。P450が薬剤の代謝に関与するために創薬の観点からも活発に研究が展開されており、多方面で常に注目されている酵素群といえます。P450は、電子伝達蛋白質を介したNAD(P)Hからの電子供給とプロトンチャネルを介した外部からのプロトン供給還元剤から供給される電子によって酸素分子を還元的に活性化して、酸化活性種(オキソフェリルポルフィリンπ-カチオンラジカル:Compound I(O=Fe(IV) Por+•))を生成し、これにより基質を水酸化します。この反応機構は、酸素分子を利用するほとんどすべてのP450に共通な反応機構です。P450は、人間を含めたほ乳類だけでなく、植物や細菌など非常に多くの生物に存在します。細菌由来のP450は非常に活性が高いだけでなく、水溶性であることから有機合成反応での触媒としての利用を視野に入れた研究が早くからおこなわれてきました。シュードモナスプチダ由来のカンファー水酸化酵素のP450camは、初めて結晶構造が明らかとなったP450として広く知られています。また、巨大菌由来のP450BM3は、長鎖脂肪酸を水酸化する酵素で、還元系が連結された融合蛋白質で、非常に高い活性を有するためP450camと並んで広く研究対象とされてきました。細菌由来のP450は、酵素活性が桁違いに高いことから、バイオ触媒としての利用が期待されてきました。しかしながら、細菌由来P450は,動物や植物由来のP450に比べて触媒活性が非常に高く合成触媒として有望視されてきたが,基質の選択性が高く対象とする基質以外に対する酸化活性は極端に低い.野生型酵素の基質特異性を,部位特異的もしくはランダムな変異導入を繰り返すことで,目的とする基質の酸化を行うことができるように改変した変異体が数多く報告されている.変異導入を繰り返すことで,対象とする基質に対して高い酸化活性を示す変異体を人工的に創り出すことができるのではあるが,基質が変わるたびに毎回変異導入を繰り返す必要があるために,開発に時間がかかるだけでなく,酵素の基本骨格に影響を与えるような変異を導入してしまうと,蛋白質のフォールディングがうまくいかずに機能しないという問題がしばしば生じる.野生型の細菌由来P450をそのまま用いて広範な基質の酸化に対応できるような全く新しいバイオ触媒系を開発できないかと考え研究を始めた.P450が高い基質特異性を示す主な理由は,酸化反応を開始する第一段階が,対象とする基質の取り込みをトリガーとして始まることに起因する.対象とする基質と構造が大きく異なる基質は,P450に取り込まれたとしても酵素のスイッチをONの状態にすることができない,もしくは,その効率が著しく低いために酸化活性も低くなる.P450では,「酸化される基質」と「酸化反応のスイッチをONにする物質」(活性化因子)が同一であるために,高い基質特異性を示す設計となっている.そこで,対象とする基質が担うこの二つの役割を分離し,活性化因子としての役割だけの分子をP450に取り込ませて,酸化反応の第一段階をスタートさせれば,本来の対象基質と異なる幅広い基質の酸化反応を行うことができるのではないかとの考えに至った.そして,活性化因子として,対象とする基質に構造がよく似てはいるけれどもそれ自体は酸化の対象とはならず,P450の活性化のみをスタートさせる疑似基質(「デコイ分子」と名付けた)を反応系に添加するシステムを考案した.
第1章: デコイ分子を用いた過酸化水素駆動型P450の機能改変
第2章: デコイ分子を用いたP450BM3等の機能改変とバイオ触媒への応用
第2章 第1話: シトクロムP450BM3によるガス状アルカンの水酸化とフッ素化デコイ分子
第2章 第2話: アミノ酸連結によるデコイ分子の改良とP450BM3との共結晶構造
第2章 第3話: デコイ分子のフッ素原子からの脱却による構造多様性の拡大
第2章 第4話: デコイ分子による水酸化における立体選択性の制御
第2章 第5話: 鉄以外の中心金属を持つP450BM3の作成
第2章 第6話: 大腸菌を反応容器として用いたベンゼンからフェノールの直接変換
第2章 第7話: 高圧反応装置の開発と気体分子の高効率水酸化
第2章 第8話: 結晶化促進デコイ分子によるP450BM3の高速結晶化
第2章 第9話: 多段階スクリーニングによるデコイ分子の化学進化
第2章 第10話: デコイ分子と変異導入の併用による非天然反応の立体選択性制御
第2章 第11話: 外膜タンパク質のデザインによる大腸菌菌体内反応におけるデコイ分子適用範囲の拡大
第2章 第12話: マンガンを中心に持つヘム置換P450BM3の反応特性調査
第2章 第13話: オキソモリブデンポルフィリンを用いたCompound I模倣P450BM3の結晶構造解析
第2章 第14話: P450BM3近縁酵素CYP102A5, A7へのデコイ分子適用
第2章 第15話: 化学進化デコイ分子を用いた野生型P450BM3による触媒的メタン水酸化
第2章 第16話: 長鎖脂肪酸末端水酸化酵素CYP153Aの基質誤認識によるプロパンの末端選択的水酸化
第2章 第17話: 微生物生合成分子をデコイとして利用可能なP450BM3変異体への指向性進化とデコイ分子自己供給型反応系の開発
P450の機能改変に関して以下のshort reviewで解説しています。
- S. Ariyasu, J. K. Stanfield, Y. Aiba, O. Shoji "Expanding the Applicability of Cytochrome P450s and other Haemoproteins" , Curr. Opin, Chem. Biol., 59,(2020) 155-163
https://doi.org/10.1016/j.cbpa.2020.06.010